見守る子育て 最終更新日時:2024.11.18 (公開日:2024.07.22)

子どもの【才能タイプ】を発見する習い事の選び方

子どもの【才能タイプ】を発見する習い事の選び方

子どもの好奇心をすべて汲み取ってあげたいと思うと、習い事は、とめどなく膨らんでしまいます。何か辞めようと思っても、子どもが全部やると言っているから、整理もできないといった声も多く聞きます。

今回は、そんな「習い事」にまつわる色々な悩みについて、お話したいと思います。

    Contents

  1. 習い事を選ぶ際に重要な「スキル」と「才能タイプ」の見つけ方
  2. 習い事を我が子の「才能タイプ」発見に変える親の声かけ
  3. 習い事の種類が多すぎる?バランスの取り方とは
  4. 習い事を「体験・発見の場」として捉える重要性
  5. 【見守る子育て式】メタ認知を育てる習い事
小川  大介

教育家・見守る子育て研究所 所長

小川 大介

1973年生まれ。京都大学法学部卒業。

私は学生時代から大手受験予備校、大手進学塾で看板講師として学習産業に関わってきました。
大学を卒業した後、ご縁をいただいて、社会人プロ講師によるコーチング主体の中学受験専門個別指導塾を創設し、以降18年間に渡って代表を務めてきました。

習い事を選ぶ際に重要な「スキル」と「才能タイプ」の見つけ方

習い事をどのように選んだらいいのか、またどう捉えたらいいのかを、二つの要素に分けてお伝えしたいと思います。

 

一つは「スキルが身につく」ということ。

もう一つは、お子さんがこの習い事を通して自分を発見する、または自分を見つけてもらうという、「才能タイプ」をはっきりと見つける場としての要素です。

 

習い事に悩んでいる親御さんたちは、多くの場合、この「スキル」の話に偏りすぎている気がします。できることが増えるのは良いのですが、少し先取りをして他の子よりできるということが、その子の30年後40年後の人生に、何か大いなる影響を及ぼすかというと、あまり関係ないというのが、追跡調査の結果でも出ています。

 

習い事環境においては、教え込んだ何かではなく、本人が「体験する、感じ取る」ということに、価値があると思います。

例えば、絵画教室に通って、自分の色使いを褒めてもらえたとします。そこで、自分が見える空の色が面白いらしいと知り、見たままに様々な色で表現することが楽しくなった。そんな子がいたとしたら、その子は、自分は色というものが見える人だということを「発見」します。と同時に、自分の思うままに表現すると喜んでくれる人がいるという「体験」もするわけです。そうなると、その後も、ふとした時にちょっと描いてみたり、他の人の色彩感覚についても面白いよねと褒めたり、その後の人生が豊かになるわけです。

 

また、習い事の良いところは、家庭とは別の、子どもにとって自分の空間を渡してあげられることです。しかも、習い事の先生たちは特定の分野のエキスパートですから、例えば音楽の先生は、音の響きやハーモニーに対して感性が長けていて、英語の先生は語学やコミュニケーション、他国文化というものについて詳しいなど、それぞれのバックボーンによって、お子さんの才能を見つけてあげやすいポイントが違っています。

習い事は、そこに価値があり、スキル以上に、この「発見」の価値の方が大きいと僕は思っています。

 

習い事を我が子の「才能タイプ」発見に変える親の声かけ

習い事から帰ってきたお子さんに、「何習ったの?」と声をかける親御さんは多いのではないでしょうか。でも、まず帰ってきたら、表情が生き生きしているのか、何か悩んで考えているのか、といった様子からその気分を聞いてあげてください。

 

そこで出てくる、「教室でこんなことがあって、結構上手くできたけれど、〇〇ちゃんはもっと上手かった」などの言葉が返って来た時に、「頑張ったね」とか、「もっと上手な子を見てどう感じたの?悔しかった?」といった話ができたら、素晴らしいですよね。

れを「先生は何を教えてくれたの?」から始まると、本人がその空間の中で体験したことや体感したことを聞きそびれてしまうんです。

 

せっかく習い事に時間とお金を使い、親御さんも頑張って選んできたからこそ、そこで過ごす時間で我が子がどんな時間・体感・体験・気づきを得たのかを聞いてあげてください。そうやって習い事を「我が子発見の時間」として見たときに、習い事の捉え方は急速に変わってきます。すると『減らす勇気』も出てくるかと思います。

 

習い事の種類が多すぎる?バランスの取り方とは

たくさんの習い事の種類があれば、子どもの体験がその種類分だけ膨らむかというと、一概にそうとは言えません。ピアノひとつとっても、例えば視覚をよく使うお子さんの場合は、ピアノでも視覚を使っているんです。音に敏感というより、目で指の動きを見ることで音を繋いでいったり、教室と同じピアノがホテルにあったとピアノの名前を言うのが好きだったりするわけです。ですから、メニューをいくら増やしたところで、急速にその子自身が変化するのではなく、逆に、習い事で忙しすぎる結果、楽しみを味わい損ねる危険性もあることを気に留めていただきたいです。 

また、色々な習い事をあれもこれもやりたい子というのは、刺激を連続的に求め、身についた何かを応用できていないことも多くあります。刺激が欲しい子は、止められると“つまらないと感じてしまうので、そういう場合は、家にお子さんが帰ってきたら、「先生と習ったことを教えて」と、10分でも家の中でも習い事の延長線を作って、一緒にやる時間を増やしてみると良いと思います。そうすることで、刺激の上に耕す喜びを味わい、一つの習い事から派生する楽しみ方に気づけるのではないでしょうか。それが『味わう』ことだと思います。

これが家ででき始めると、「時間が足りないね」「あれもしたいけれど、もうちょっとこれもしたいよね」と、優先順位を決めて選ぶことができ始めます。

 

また、たくさんやっていることが自分の武器のように感じているコレクターのような子もいます。そういうタイプの子は、一つ減るとその分、自分がパワーダウンした気持ちになるので、「強くなっている」「できている」といった、豊かになっている自分を体感させてあげる言葉を伝えることによって、減らしてもあなたはすごい、という安心を渡すというのも一つです。

 

習い事をスキルとして「できるね」とするのではなく、その習い事にあなたが行ったから、こういう風にできている様子がかっこいいね、という、あなたの話、お子さんの話をしてあげて、本人自身が広がっていく体感を大事にしてあげてください。

 

習い事を「体験・発見の場」として捉える重要性

なぜ体験や体感の話をしているかというと、僕は今、とても危惧していることがあるからです。それは大学入試の総合選抜型が非常に増えている点です。

 

総合選抜型入試とは、大学にどういうことを貢献しようと思うのかを自己表現する入試です。

まさにどういう人生体験を歩んできて、小中高とどのような成績をとって、学校外活動をどのようにしてきたかという、人生そのものをトータルで見て評価するわけです。その方向性は良いことだと思いますが、その評価のために、水泳・英語・ボランティアもやっておこうと、ラインナップを揃えて強くしていこうとする発想は問題です。

もし受験のときの体験事例として習い事をしたいのなら、習い事は、お子さんのクリエイティビティやパッション、貢献意欲という内面そのものを見せるための「体験・発見の場」としてとらえ、それらを総合選抜型の評価に繋げていただけたらと思います。

あれをやったら有利という発想から、いかに抜け出していけるかの大人側の勇気に期待したいなと思います。

 

【見守る子育て式】メタ認知を育てる習い事

例えば、いつも挨拶するおばあちゃんが横断歩道を渡る手伝いから、社会の中の様々な人、それぞれの違いに気づいて、社会学科を志しました、という話があったとします。このように、自分の体験したことを通して、自分を客観視して、自分は誰だろう、何を考えたのだろうと認識する思考を『メタ認知』といいます。

このメタ認知の力を育んできた人が、リーダーシップを発揮しやすく、変化の激しい見通しの立たない社会においても大事なんです。

習い事で悩む親御さんには、ぜひ、習い事を通じてお子さんに対して気づいたことを伝えてあげ、お子さん本人が自分というものに何かしらの理解と発見を重ねていけるようにしてあげられたら、それで十分じゃないかと思います。

 

あとは大人たちが、自分が色々な習い事をしてきて、この体験がすごく良かった、あの習い事で学んだことが今自分に繋がっているといった、直接的にそのスキルがどうこうではなく人生の支えになっているといったことは、ぜひお子さんに教えてあげてほしいと思います。

それから、習い事の先生とたくさん話して、「うちの子そういうところありますよね」とか「そんな顔見せていますか?家ではそんな顔見せないのに」と発見することも、習い事の醍醐味ではないでしょうか。

そういう習い事が、本当に豊かな時間の提供になるんじゃないかなと思っています。どの習い事が良いかではなく、それと『どう付き合い』『どう生かすか』という楽しみ方、これを各家庭で見つけていっていただけたらと思っています。